あおい実

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いただいたブルーベリー。
これまでに食べたことのあるブルーベリーよりはるかに大きくって、
一瞬ブルーベリーって皮をむいて食べるんだっけ…?
と思ってしまったほど…!
皮ごとそのままぱくり。
口の中でちいさくはじけて、
種のつぶつぶした感触とみずみずしい香り。
果物をそのまままるごと食べる、ということのしあわせ…♪

懐かしい味

昨晩、久しぶりにハムかつを食べた。
ハムを揚げただけのとてもシンプルなものなのに、
どうしてこんなにおいしいんだろう…と思った。
幼い頃、父は時々近所の肉屋さんのハムかつを買ってきてくれた。
「父が買ってきてくれる」というのは日常的なことではなく、
「時々」のことであるという特別感も手伝って、
夕飯のおかずの一つとしてそのハムかつが並んだときは、とても嬉しいものだった。
                  *
幼い頃見ていたアニメに「ポリアンナ」というのがある。
その話の流れや、どういう話だったのかは詳しくは覚えていないのだけれど、
ポリアンナという主人公の少女の笑顔とともに、
とても印象深く残っているエピソードが二つある。
一つ目は「いいことさがし」。
このような言葉が出てきていたということは、おそらくポリアンナを取り巻く状況は、
いわゆる「幸福」なものではなかったのだろうと想像されるが、
「何かいいことというのは必ずある。毎日一つでいいから、いいことを探しなさい。」
という父の言葉から、ポリアンナが「いいことさがし」をする、というものだ。
そしてもう一つが、「ハム」にまつわるエピソード。
ポリアンナには、週に一度だけハムエッグを食べられる日というのがあった。
当時アニメで描かれたハムエッグがとても美味しそうだったのか、
あるいは「週に一度だけのハムエッグ」というその特別感に
どきどきさせるものがあったのか、今となってははっきりとはわからないけれど、
今でもハムを食べるときに時々このエピソードが思い出されるほど、このエピソードは
色鮮やかに心に刻まれている。
今やハムが高級なものだ、という意識はあまりないかもしれないが、
ポリアンナの世界では、ハムはとても贅沢品だったのだ。
                  *
こういうようなことを思い出しながらハムかつを食べていると、
ハムかつも、かつての日本ではきっと贅沢品だったのだろうなと思う。
何気ない食べ物だけれど、今でもわたしにとってどこか特別感のあるハムかつ。
きっとわたしの父も、ハムかつが好きだったのだろうと、
今になって思う。

最後の手縫い

バッグ作りのプロセスのなかで最も好きな瞬間は、
もしかすると最後の手縫いのときかもしれない。
複数の生地を組み合わせながら、バッグのアイデアを練るのも、
水通しした生地にアイロンをあて、型を切り出すのも、
全体の大きな形を作っていったり、際を縫いあげてぴしと仕上げたり…というように
ミシンを使ってぎりぎりの感覚で縫っていくのも、
それぞれにとても好きなのだけれど、
手縫いは手縫いで、独特の魅力がある。
ミシンよりはゆったりとしたペースで、手で直接縫うという意味でより身体的な作業で、
たんたんと、特に何を考えるわけでもなくひと針ひと針進めていくのには、
どこか瞑想的な感じもある。
出来上がりの一歩手前ということもあって、
これで一つの形になる、という喜びや、
どんな人が使ってくれるのだろう…というような想いがあり、
そしてまた、純粋に生地の質感や風合いを味わったり、
バッグが実際に使われている風景を想像したりして、楽しんでいる。
よく考えると、このバッグたちは、わたしの手を離れてから、
いろいろな人のもとで生き始めるのだな、と思う。
もしかすると、その人たちの生活の中に入って初めて出てくる「表情」というのも、
それぞれのバッグにあるかもしれない。
バッグを実際に使ってくれる人がいて、実際に使われて、
そしてそのことのなかで、そのバッグが一番魅力的であるような、
そんなバッグを作りたい。
最後の手縫いをしながら、
ぼんやりと、
いろいろのことを想う時間。

台風去って

今朝、ひゅーひゅーいう風音のなか家で作業をしていると、
突然シャンシャンシャンシャンと蝉の鳴き声。
こんなに本格的な鳴き声は今年初めてだな、と思いながら聞いていると、
これまでがたがたと窓を激しく鳴らしていた強い風が、ふとやわらぐ。
あれ…と思って窓を開ける。
あれだけ吹き狂うようにして降った雨と、
窓を開けられないくらいの圧力の風をもたらした台風が、
去っていった…。
まるで蝉は、もうそろそろ台風が去っていく…
とわかった途端に一斉に鳴き始めたみたい。
いよいよ夏がやってきた。