紅色

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お盆の時期に大阪で見かけたケイトウ。
なんて鮮やかな色!
よくよく見ると、襞のところで交尾している小さな虫たちがいた。
この深紅のケイトウが、まるで愛のベッドになっているみたい!
帰って調べてみると、学名( Celosia cristata )の Celosia は、
ギリシャ語の「keleos(燃やした)」が語源だそう。
この色と、「燃やす」という意が語源の学名と、
そして虫たちの愛のベッドになっていたことと、
なんだかイメージがぴったりと重なり合う。
ふわふわしたケイトウは、虫たちにとって
居心地のいい場所になっているのかもしれないな…。

仕入れ&制作日記

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秋冬もののバッグにと、アンティークレースや布を仕入れ、
日々、制作しています。
今回は、やや大きめの個性的なアンティークレースや、
手に入りにくいイギリス製の上質な生地も何点か仕入れてみました。
うっとりするほど素敵な素材であるからこそ、しばらく寝かせて…!
秋冬は、リネンやさらりとしたコットンだけでなく
ウールや別珍、コーデュロイなど、風合いや雰囲気の異なる布を使えるので、
これからの制作も楽しみです。
春夏は、アンティークレースを使ったものを数多くは制作できませんでしたが、
秋冬は、シンプルでシックなものから上品で繊細なもの、
カジュアルなものからちょっとしたお出かけバッグまで
いろいろな雰囲気のバッグを、アンティークレースを生かして作れたら…と思っています。
2011 Autumn/Winter として初回にshopに並べようと思っているバッグのデザインも
少しずつ固まってきて、今日は一日バッグの全体的な形を仕上げる作業と、
レースをつけたり、リボンをつけたり、の手縫いの作業を…。
一点一点じっくりと制作中です。
今日もとっても暑かったけれど、そのぶん夜聞こえてくる虫の音はまた格別♪
残暑を楽しみながら、制作に励みたいと思います…*

夏の再会

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この夏、およそ10年ぶりくらいに、高校時代に仲のよかった友人と再会する機会があった。
高校・大学の頃知り合った友人のほとんどが東京に行ってしまった今、京都に遊びにいくよー、という彼女からの連絡はとても嬉しかった。

 

さすがに10年となると会うのに少しどきどきしたけれど、実際会ってみると、全然変わらないなあというところと、10年の間にいろいろあったんだなあと、いい意味での変化を感じさせるようなものがあって、お互いに年齢を経るごとに少しずつ変化していながらも、10年前と同じように、とりとめのない話を話したり、なるほどーと思わされるような話を聞かせてもらったりするのは、とても楽しく、嬉しかった。

 

南禅寺から奥の院へ行き、そこから哲学の道をてくてくと歩いて銀閣寺まで行った。
普段は通らない道を行ってみると、日常の生活圏なのに(だから?)、あれー、こんなとこあったんだ!っていうような発見があったりもして。
銀閣寺の前では、翌日の五山の送り火の護摩木にそれぞれの願いを書き入れる人や観光に来た人でいっぱいだった。

 

忘れられない、夏の思い出。

 

 

 

あの世からのことづて

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今日は、五山の送り火の日。
毎年、大文字山の「大」の字の送り火を眺めながらお盆の最終日を迎えます。
「大」の字に火が入れられて赤く燃えているのは15分くらいですが、
この真っ赤な火と、そこから立ち上る煙を見つめていると、
この立ち上る煙とともに、精霊たちが帰っていくように思われて、
心静かな気持ちになります。
               *
特にお盆だからと読み始めたわけではないのですが、
最近毎日少しずつ読んでいる本があります。
松谷みよ子さんの『あの世からのことづて』。
死にゆく者や死者と、現世で生きる者との交流のお話が全部で62篇、
収められています。
お話は創作ものではなく、実際に松谷さんが日本各地で聞き取った民話。
『いないいないばあ』などの絵本作家として有名な松谷みよ子さんが
このような民話の調査・研究もされているとは知らず、とても興味深く、
面白く読んでいます。
               *
あの世に住む者と、現世に住むわたしたち。
住むところは違っても、このように何らかの形で接触することがあるとしたら…。
とても不思議で、理性的に考えて理解できる類のものではないですが、
きっとどれだけ科学技術が発達したとしても、
そういう科学的なものの見方や考え方からは漏れ落ちていくような、
「わからなさ」というのはどこかで、いろいろな形で残っていくような気がします。
きっとそういう部分こそが、「人間」の面白いところであり、魅力であると思うから…。
松谷さんのこの本を読んでいると、
日本のあちらこちらにお盆の風習が残っているのも、
こういったことが「実際に」あったかなかったかは別としても、
それぞれの人に、それぞれの形で、そういった経験が「本当に」あるからこそ、
なのかもしれない、と思います。

空の花

昨晩は琵琶湖に花火を見に行ってきた。
これまで、大阪、滋賀、京都でいろいろな花火を見てきたけれど、
わたしの経験する限りでは琵琶湖の花火大会は、
その規模と迫力という点では群を抜いてもの凄い。
              *
琵琶湖に打ち上げられる花火を初めて見たのは、4,5年前に浜大津から、だった。
自分の認識の容量をはるかに超える勢いで次から次へと打ち上げられる花火に、
身体が震えるくらい、どきどきした。
なぜだかわからないけれど、嬉しくって、凄すぎて、そして少しの恐怖感もあって。
琵琶湖の上に、扇形状にひろがる色とりどりの大輪の花。
少し遅れて聞こえるどーんどーんという大きくて分厚い音…。
そして、なんかよくわからないけれど、とんでもないことが起こっている、
というような感覚。
「感動」というのは、自分自身にとっての、ある一定の容量を超えたもの
と出会ったときに生まれるんだ、とそのとき思った。
今回は二度目ということもあってか、
そのときに比べるとやや落ち着いて(笑)見ていたような気がするけれど、
それでもやっぱり凄かった。
花火はいいなー、すきだなー、と思った。
しゅるしゅるしゅるとあがっていって、ぱっとひらいて、
そして消える。
そしてそのあとにどーんという大きな音が聞こえる。
ほんの一瞬のことだけれど、その一瞬の出来事が
人々を楽しませたり、その心を震わせたりしている、ということが
わたしにはとても美しいことのように思える。
              *
日が傾いて涼しくなった頃、花火でも見に行こうかって言って
ぶらぶらとうちわ片手に外に出て行く、
そんな夏の夜が大好きだ。
花