
私の好きな日本画家のひとりに、上村松園がいます。
昨年末、京都で上村松園展があり、行ってきました。
松園の絵はこれまで画集などで見たことがあるだけで、
生で見たことのあるものは、数点のみ…。
画集で見るだけでも、その圧倒的な空気感に魅了される松園の作品を、これだけまとまった形で見れるなんて!感激でした。
中でも、「虫の音」や「人形つかい」など、 実際には虫の音が聞こえてくるわけでもなく、 また虫が描かれているわけではないのに、 そこに虫がいて鳴いている声が聞こえてくるような作品や、 人形つかいはちょうどふすまに隠れていて見えないのに、 それを見ている女性や子供たちの表情を通して、 ふすまの向こうの人形つかいの様がありありと見えてくるような、 描かれていないのに、でも実際に描く以上にその情景が強く伝わってくるような作品が
いくつかありました。
このような作品につけられたタイトルは、もはや単なる状況説明的なタイトルではなく、 絵と共に作品の一部となっていて、とても生きています。
描かれた人物の表情、眼差し方やちょっとしたしぐさ、姿勢、ふるまい、タイトルなどから、 見ているものに描いていないものまで感じさせる…。
ことばの面白さの一つは、語っていないことまで語ることができる、そういうことばがある、というところにあると感じていますが、絵の魅力の一つは、描いていないものを描かれたものから、 どれだけ想像させたり、感じさせたりできるのか…というところにあるのかもしれません。
(画像:左から順に「人生の花」「人形つかい」「蛍」)
投稿者「shiroi mokuren」のアーカイブ
雪降りつむ
2011年は、これまでにないくらいたくさん雪の降り積もる中、
迎えましたが、週末、今年に入って二度目の雪…!
またまたここまで積もるとは。
この冬は本当によく冷えます。
雪が降り積もると、普段の移動手段が
もっぱら自転車であることもあって
交通面ではやや不便になることもありますが、
雪が静かに降り積もる様や、その空気感、
まだ誰も足跡をつけていない、ふんわりとしたやわらかな雪の表情、
雪の上を踏みしめて歩く感触、そして何よりも
いつもの見慣れた風景が、いつもとは少し違って見える雪景色
は大好きです。
歩いていると、歩道の端っこに雪だるまがいたりもして…。
大阪に生まれ育ち、現在京都に住む私にとっては、
雪が降り積もることは、「非日常=ハレ」であって、
いくつになっても、やはり少し特別なもの、のようです。
言葉の強度
小学校を卒業する時、卒業文集の「将来の夢」の欄に「童話作家になりたい。」と書いていたほど、
幼い頃から、童話を読むのが好きでした。
小さい頃だけでなく高校生になっても、児童文学作品を好んで読んでいました。
「トムは真夜中の庭で」「思い出のマーニー」「床下の小人たち」シリーズ、「ハヤ号セイ川をいく 」…などなど。
大学に入ってからは、新しく出会う、これまで読んだことのなかった類の本も多く、そちらに傾倒して児童文学の世界からは少し遠ざかっていましたが、やはり好きなものはいくつになっても、好きなもの…。
日本の童話作家の中で好きな人の一人に、小川未明がいます。
昨年読んだ『小川未明童話集』(新潮文庫)には、有名な「赤いろうそくと人魚」を始め、「月夜と眼鏡」「しいの実」「眠い町」「飴チョコの天使」「千代紙の春」「金の輪」「小さい針の音」など全部で25話入っていて、そこに、これまでに読んだどの作家とも少し違う独特の世界、独特の空気を感じました。
言葉を尽くして語られているわけではなく、 どちらかというととてもシンプルで無駄のない言葉で語られているのに、 (いや、むしろそのような言葉で語られているから?) ある一つの情景が、それもある色とある空気を纏った情景が 目の前にくっきりとした輪郭を持ってぱんと広がるような、そんな話がたくさん。
起承転結のある、あるいは一つの明確なストーリーのある物語というよりは、 一つのイメージがただぽんと提示されているようなものや、 出来事の連鎖をたんたんと描いているようなもの、 大きな一つの流れのなかの断片だけを少し垣間見させ、かつその断片から大きな流れを想像させるようなもの…などがあり、とても魅力的です。
未明の作品を読んでいると、そぎ落とし、そぎ落としして最後に残るエッセンスのようなものの持つ力強さを感じます。
言葉が語っていないことまで語ってる、そんな言葉、とでも言えばよいのでしょうか…!
言葉は、単に何かを伝えるための「手段」や「道具」に過ぎないのではなく、それ自体、力を持ったもの、そしてそれ自体が何かを創りだし、動かしていくもの、であるように思います。
アンティークレースを使うことの魅力
アンティークレースを使って何かを制作するということの魅力…。
それは、かつて洋服の一部として、
あるいは他の何かのパーツとして使われていたものが、
そのもの自体は古くなって使えなくなっても、
一緒にぽいっと捨てられてしまうのではなく、
大切に取り外されて、他の人の手に渡り、
そしてまた少し手を加えられて、新しく生まれ変わって使われる、
というところにあるのではないかと思います。
アンティークレースを手にとると、
長い時を経ていることもあり、多少の傷みがあったり、
汚れのついているものもありますが、
少し手を入れるだけで、使えるようになるものも少なくありません。
ヨーロッパの古いアンティークのレースの中には
手で編まれたものも多く、見ているだけでも本当に美しい!
本当によいもの・美しいものというのは、
時代を経ても決して色褪せることはなく、
むしろその味わい、そして存在感を増していくのだと実感します。
それに加えて、私がアンティークのレースを用いて
バッグを制作するなかで、もう一つ魅力的に感じているのは、
同じレースであっても、それが別の形で取り入れられると、
本当に「生まれ変わった」ように、まったく新しい顔を見せる、
ということ。
「同じもの」なのに、たとえば、どの布に、どのように使うかによって、
全く「違った物」であるかのような印象を受けます。
このような「魔法」(あるいは「トリック」?)に魅せられて、
私はバッグ作りを、している/させられている(いい意味で!)
のだと思っています。
アンティークレースの全部は使えなくても部分的に使える部分は、
極力使って、違う形で生かせるように……。
そのような思いで、日々制作しています。
これまでに作ったバッグたち
これまでに作ったバッグたちの一部です。
リネンを用いたものが多いですが、
中にはコットンやウールのものもあります。
ちらちらと見える裏地をアクセントにしたもの、
ヨーロッパのアンティークレースを用いたもの、
ベルベットのリボンをつけたものなど・・・。
作る時に、始めからこういう雰囲気のものを…というのが
わりとはっきりと決まっている場合もありますが、
複数の生地を組み合わせながらイメージを膨らませていったり、
レースやリボン、生地に触発されて作っていくものもあります。
また、制作中に最初のイメージとは別のアイデアが浮かんで
予定を変更することもしばしば…。
これだ!というところにいくまでは、常に未知で手探りです。
そこが、バッグ作りの魅力!なのだと思っています。
これからは、またちょっと違った雰囲気のものなども含めて
少しずつ新しいものを作っていきたいと思います。






















