出会ったもの・こと」カテゴリーアーカイブ

春の吉野

4月1日

吉野経由で、洞川温泉へごろごろ水を汲みにいきました。

吉野周辺も、ちょうど桜が咲き始めの頃。

奈良市内から吉野まで、車で1時間少し。
金峯山寺では、本堂蔵王堂の秘仏、金剛蔵王権現3体がご開帳されていて、今回初めて拝むことができました。

山には野生の木蓮も。

こんなに大きな木蓮、初めて見ました。

民家の軒先には燕。

とってもよいお天気で、散策日和でした。

吉野から洞川温泉までは、さらに車で1時間。
吉野は歩いていると少し暑いくらいのお天気でしたが、洞川は標高が高くて少しひんやり。

昨年秋に温泉に入りにきたとき、名水ごろごろ水を飲んで、そのあまりの美味しさに感動し(その時の記事はこちら)、それ以来、2ヶ月に一度、10Lの給水ボトル10個(合計100L!)に水を汲みにくるようになりました。
毎日のお料理や炊飯、お茶を飲むときに使わせていただいています。

水汲み場は、蛇口から水が出るように整備されていて、駐車スペースもあり、駐車料金を払って、お水をいただくことができるようになっています。
いつ行っても、みなさんたくさん汲んでおられます。

写真(上、下ともに)は、前回、2月半ばに行った時のもの。
この日、奈良市内では15度近くまで上がる暖かな日だったので、チャンスだと思い、スタッドレスタイヤの車で水を汲みに行ったのですが、さすがに洞川は寒くって、なんと雪が積もっておりました。

水を汲みにくるようになり、四季を通じて、大峰山麓の空気に触れられるようになり…とてもありがたい思いです。

 

 

 

山辺の道へ

3月27日

とてもよいお天気の日。約1年ぶりに、山辺の道(続き)を歩きにいきました。
(前回の山辺の道のことは、こちら

1日目は、春日大社〜白毫寺〜正暦寺〜円照寺まで(2022年)約12キロ
2日目は、円照寺〜弘仁寺〜白川ダム〜石上神宮〜天理まで(2023年4月)約12キロ
3日目は、天理〜石上神宮〜長岳寺〜柳本まで(約10.3キロ)

今回は、柳本から大神神社を経て、終点の桜井まで、約10キロを歩きました。

出発地点は、柳本駅から東に上がったところにある崇神天皇陵。ここから山裾沿いに、南へ歩きます。

すでに、住んでいる奈良市内からだいぶん南の方なので、西に見える山々がいつもと違い、とても新鮮。右の方にふたつ並んで大きく見えているのが二上山。今回は、ずっとこの二上山を右手(西)に見ながら歩くことになりました。

少し進むと、大和三山。ぽこぽこっと手前に見えている山です。左から、天香山、畝傍山、耳成山。

桧原神社(大神神社の摂社)からの二上山。

久延彦神社、狭井神社を経て、大神神社にお参り。
狭井神社には、三輪山から湧き出る神水をいただける薬井戸があり、そこでお水をいただきました。
からだに沁み渡るおいしさ…
この辺りまでくると、だいぶん疲れが出ていたのですが、あまりの美味しいお水に、足が軽くなり、生き返る心地でした。

そこから金屋の石仏、海柘榴市(つばいち)観音をお参りして、大和川へ。

大和川によって、ここから大阪、海と繋がっていて、かつて、遣隋使の小野妹子が帰国したのも、隋からの使者である裴世清一行を迎えたのもここだったそう。当時、海石榴市は物品の交換や商いをする市が立ち、たいそう賑わう場所だったようです。

(さらにそれ以前の6世紀には、百済の使者がこの地に釈迦仏の金銅像や経典を献上したとあって、それをもって日本に仏教が伝来したとされることから、「仏教伝来地」という碑も立っていました。)

最後は桜井駅まで歩き、そこから電車で奈良へ戻りました。

今回で、山辺の道、奈良市内から桜井までを4回に分けて完歩。歩くことで、その土地、その土地の雰囲気を肌で感じられ、とても心地よく、とても楽しいちいさな旅でした。

またいつか、近いうちに、三輪山登拝したいと思います。

 

 

 

旅後の楽しみ

2月16日

伊予の親戚にいただいたかぼすで、ポン酢を作りました。

にぎりこぶし大の、立派なかぼす。

これくらいの大きさのを3つを絞ると、250mlありました。

教えてもらったのは、これと同量の、醤油、みりんと合わせるだけの簡単レシピ。
すっきりとしていて、香り豊かな味わい…とっても美味しい。

たっぷりあるので、しばらく自家製ポン酢でいろいろ楽しめそうです。

 

それから…松山銘菓、六時屋さんのタルト。

六時屋さんのは初めて食べました。
甘すぎず、品のよい味わい…

旅先の空気を思い出しながらいただく、しあわせなひとときなのでした。

 

 

 

四国へ その3

2月9日

朝、今治駅で自転車を借りて、今治港から自転車とともに船に乗ります。

船から見える今治の街と、四国の山々。

高く聳える山は、石鎚山。雪をかぶっておりました。
前日、移動の途中にも見えたのですが、そのただならぬ存在感に圧倒され、思わず、駅から乗ったタクシーの運転手さんに山の名を尋ねたのでした。
四国にこんなに高い山があったとは…。

帰宅後に調べてみると、なんと西日本最高峰。
古くから山岳信仰(修験道)の山として知られ、霊峰石鎚山とも呼ばれているそうです。

遠くに見える白い長い橋は、来島海峡大橋。帰りは、あの橋を渡って自転車で今治に戻ります。

これから向かう大島。

大島の友浦港。

ここから、自転車で、村上海賊ミュージアムを目指します。

ミュージアムからは、能島村上氏が居城としていた海城のあった能島がよく見えました。(橋の手前に見えている小さな島が能島。)

ミュージアムをゆっくりみて、お昼に鯛めしをいただきました。

ミュージアムは大島の北の方。ここから、大島を縦断して今治を目指します。

港や街を通り、山を登ったり、くだったりを数回繰り返し、ひたすら自転車をこいで…

ようやく、来島海峡大橋が見えてきました。

ここから来島海峡大橋の入り口まで、登り坂を上がっていきます。

上から、潮の流れがとてもよく見えました。小さな渦を巻いています…

大きな造船所も。

大島の北の方から来島海峡大橋を渡って、今治まで戻ってくるのに、途中、景色をみたり、休憩したりを入れて、だいたい3時間くらいでした。

ちょうど一年前、広島の尾道から、自転車で向島、因島、生口島まで走ったのですが(その時のことについてはこちら)、今回は、愛媛の今治から大島へ。

時間の関係で、伯方島と大三島には行けなかったのですが、またの楽しみに…♪
(港にあった地図を見ていると、広島の呉とも船と海道でつながっているみたい…こういうのをみると、わくわくしますね…!)

橋から今治港を経由して、今治城の前を通り、今治駅に戻りました。

途中で見かけた果物屋さん。

もうあとは帰るだけだったので、「はれひめ」と「はるみ」の小さい方の袋を1袋づつ買いました。

17時今治駅発のバスに乗って、しまなみ海道を通って、福山へ。

バスから見る、夕暮れ時の島々…

目に焼きつけて、しあわせにつつまれて、帰りました。

 

 

 

四国へ その2

2月7日(続き)

高知の山をぐねぐねと抜けて、愛媛に。

父が愛媛生まれで、伊予には今も親戚が住んでいます。
大学生の頃、18切符で四国をまわったことがあり、その時にもお世話になった父の従姉妹のお家を、その時ぶりに訪れました。

愛媛には、ずっと行きたい気持ちがあったので、今回行くことができて、そして大学生の時以来の再会を果たせて、とっても、とってもうれしかった。

帰り際、かぼすをたくさんいただきました。

この日の夜は、道後温泉に宿泊。

夜、ぶらぶらと歩いていたとき、ちょうどタイミングよく動き出した坊ちゃんのカラクリ時計。
暗くてお人形はよく見えなかったけれど、とても幻想的でした。

 

2月8日

朝7時半ごろ、現在工事中の、道後温泉本館のお湯に浸かりに…。
早朝の温泉はとても気持ちよくて、身もこころもぽかぽかになりました。

温泉上がりに遅めの朝食をいただいて、この日は、道後公園の湯築城跡に。

湯築城は、伊予の豪族河野氏が築いたお城。
通盛の代に伊予国守護に任じられ、1334年~1338年築城。
1585年、豊臣秀吉の四国征伐で小早川隆景に降り、廃城となったそうです。

上に登っていくと…

見晴らしのよい展望台。

遠くに松山城も。

路面電車に乗って、松山にも少しだけ寄りました。

萬翠荘を見た後、秋山兄弟生誕地や、漱石が愛松亭の後に住んだ下宿先、愚陀仏庵跡(病気療養のために松山市に帰省していた子規が転がり込み、52日間、漱石と子規が一緒に暮らした場所)をまわり、夕方、松山を後にして、今治へ向かいます。

今回、松山は駆け足だったので、またゆっくり訪れたいな…と思っています。

 

つづく。